村上龍氏の寄稿 




外国人の友達に
「マキは日本にいる家族をイギリスに呼ばないの?」
と聞かれました。




私の家族は栃木にいることを「選択」しています。
全てがそこにあるから、というのは大きな理由だと思いますが
彼らにも広い選択肢があり、望めば多くのことができる世の中なので
家族がみんなでイギリスに来ることも可能です。



でも彼らはそこにいます。
1分後、1時間後、明日どうなるか、私には分からないし
何が彼らにとって「正しい」のもわかりません。
でも何かを「信じて」その方向を歩いていることは確かです。
それは、時に不安になっても
その道で起こる全てを受け入れることだと思います。



私ができることは、そんな彼らを全力でサポートすること。
刻々と変わる状況に応じて、いつ違う「選択」をしてもいいように
その基準となる材料を集めること。
もちろん、イギリスに来たいとなったらいつでも受け入れたいとも思います。



地震発生後、実はほとんどテレビを見ていません。
初めの頃に繰り返し流される津波の映像を見てから
もうこれ以上見たくないと思って、それ以来見なくなりました。
受身で情報を流しいれると混乱しそうだったので、
ネットで自分から知りたい情報を探すようにしています。



なので私のブログで記載することはネットからの情報です。
読む人によっては偏っていると思われるかもしれません。
ですが、私の信じた方向で書かせてください。
そして一人でも多くの人が明るい希望を持って生きることを望みます。




下記は作家の村上龍氏がニューヨークタイムズに載せた文です。
日本語と英語で転載します。



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危機的状況の中の希望
村上龍



先週の金曜、港町・横浜にある我が家を出て、午後3時前、
いつも行く新宿のホテルにチェックインした。
普段から私はここに週3~4日滞在し執筆活動やその他の仕事をしている。

部屋に入ってすぐに地震が起きた。瓦礫の下敷きになると判断し、
とっさに水とクッキー、ブランデーのボトルをつかんで
頑丈な机の下にもぐりこんだ。今にして思えば、高層30階建ての
ビルの下敷きになったらブランデーを楽しむどころではないのだが。
だが、この行動によってパニックに陥らずにすんだ。

すぐに館内放送で地震警報が流れた。
「このホテルは最強度の耐震構造で建設されており、
建物が損傷することはありません。ホテルを出ないでください」
という放送が、何度かにわたって流された。最初は私も多少懐疑的だった。
ホテル側がゲストを安心させようとしているだけではないのかと。

だが、このとき私は直感的に、この地震に対する根本的なスタンスを決めた。
少なくとも今この時点では、私よりも状況に通じている人々や
機関からの情報を信頼すべきだ。だからこの建物も崩壊しないと信じる、と。
そして、建物は崩壊しなかった。

日本人は元来“集団”のルールを信頼し、逆境においては、
速やかに協力体制を組織することに優れているといわれてきた。
それがいま証明されている。勇猛果敢な復興および救助活動は休みなく続けられ、
略奪も起きていない。

しかし集団の目の届かないところでは、我々は自己中心になる。
まるで体制に反逆するかのように。そしてそれは実際に起こっている。
米やパン、水といった必需品がスーパーの棚から消えた。
ガソリンスタンドは枯渇状態だ。
品薄状態へのパニックが一時的な買いだめを引き起こしている。
集団への忠誠心は試練のときを迎えている。

現時点での最大の不安は福島の原発だ。情報は混乱し、相違している。
スリーマイル島の事故より悪い状態だがチェルノブイリよりはましだ
という説もあれば、放射線ヨードを含んだ風が東京に飛んできているので
屋内退避してヨウ素を含む海藻を食べれば
放射能の吸収度が抑えられるという説もある。
そして、アメリカの友人は西へ逃げろと忠告してきた。

東京を離れる人も多いが、残る人も多い。彼らは「仕事があるから」という。
「友達もいるし、ペットもいる」、他にも「チェルノブイリのような
壊滅的な状態になっても、福島は東京から170マイルも離れているから大丈夫だ」
という人もいる。

私の両親は東京より西にある九州にいるが、私はそこに避難するつもりはない。
家族や友人、被災した人々とここに残りたい。残って、彼らを勇気づけたい。
彼らが私に勇気をくれているように。

今この時点で、私は新宿のホテルの一室で決心したスタンスを守るつもりでいる。
私よりも専門知識の高いソースからの発表、
特にインターネットで読んだ科学者や医者、技術者の情報を信じる。
彼らの意見や分析はニュースではあまり取り上げられないが、
情報は冷静かつ客観的で、正確であり、なによりも信じるに値する。

私が10年前に書いた小説には、中学生が国会でスピーチする場面がある。
「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。
 だが、希望だけがない」と。

今は逆のことが起きている。避難所では食料、水、薬品不足が深刻化している。
東京も物や電力が不足している。生活そのものが脅かされており、
政府や電力会社は対応が遅れている。

だが、全てを失った日本が得たものは、希望だ。
大地震と津波は、私たちの仲間と資源を根こそぎ奪っていった。
だが、富に心を奪われていた我々のなかに希望の種を植え付けた。
だから私は信じていく。

原文
www.nytimes.com/2011/03/17/opinion/17Murakami.html

編集部注:小説の場面訳は『希望の国のエクソダス』より




I  SET out from my home in the port city of Yokohama early
in the afternoon last Friday, and shortly before 3 p.m.
I checked into my hotel in the Shinjuku neighborhood of Tokyo.
I usually spend three or four days a week there to write,
gather material and take care of other business.

The earthquake hit just as I entered my room.
Thinking I might end up trapped beneath rubble,
I grabbed a container of water, a carton of cookies and
a bottle of brandy and dived beneath the sturdily built writing desk.
Now that I think about it, I don’t suppose there would have been
time to savor a last taste of brandy if the 30-story hote
l had fallen down around me. But taking even this much of
a countermeasure kept sheer panic at bay.

Before long an emergency announcement came over the P.A. system:
“This hotel is constructed to be absolutely earthquake-proof.
There is no danger of the building collapsing.
Please do not attempt to leave the hotel.” This was repeated several times.
At first I wondered if it was true. Wasn’t the management
merely trying to keep people calm?

And it was then that, without really thinking about it,
I adopted my fundamental stance toward this disaster:
For the present, at least, I would trust the words of people
and organizations with better information and more knowledge
of the situation than I. I decided to believe the building
wouldn’t fall. And it didn’t.

The Japanese are often said to abide faithfully
by the rules of the “group” and to be adept at forming
cooperative systems in the face of great adversity.
That would be hard to deny today. Valiant rescue and relief efforts
continue nonstop, and no looting has been reported.

Away from the eyes of the group, however, we also have a tendency
to behave egoistically ― almost as if in rebellion.
And we are experiencing that too: Necessities like
rice and water and bread have disappeared from supermarkets
and convenience stores. Gas stations are out of fuel.
There is panic buying and hoarding. Loyalty to the group is being tested.

At present, though, our greatest concern is the crisis
at the nuclear reactors in Fukushima. There is a mass of
confused and conflicting information. Some say the situation is
worse than Three Mile Island, but not as bad as Chernobyl;
others say that winds carrying radioactive iodine are headed for Tokyo,
and that everyone should remain indoors and eat lots of kelp,
which contains plenty of safe iodine,
which helps prevent the absorbtion of the radioactive element.
An American friend advised me to flee to western Japan.

Some people are leaving Tokyo, but most remain.
“I have to work,” some say. “I have my friends here, and my pets.”
Others reason, “Even if it becomes a Chernobyl-class catastrophe,
Fukushima is 170 miles from Tokyo.”

My parents are in western Japan, in Kyushu,
but I don’t plan to flee there. I want to remain here,
side by side with my family and friends and all the victims of the disaster.
I want to somehow lend them courage, just as they are lending courage to me.

And, for now, I want to continue the stance I took in my hotel room:
I will trust the words of better-informed people and organizations,
especially scientists, doctors and engineers whom I read online.
Their opinions and judgments do not receive wide news coverage.
But the information is objective and accurate,
and I trust it more than anything else I hear.

Ten years ago I wrote a novel in which a middle-school student,
delivering a speech before Parliament, says:
“This country has everything. You can find whatever you want here.
The only thing you can’t find is hope.”

One might say the opposite today: evacuation centers are facing
serious shortages of food, water and medicine;
there are shortages of goods and power in the Tokyo area as well.
Our way of life is threatened, and the government and utility
companies have not responded adequately.

But for all we’ve lost, hope is in fact one thing
we Japanese have regained. The great earthquake and tsunami
have robbed us of many lives and resources.
But we who were so intoxicated with our own prosperity
have once again planted the seed of hope. So I choose to believe.


Ryu Murakami is the author of “Popular Hits of the Showa Era.”
This article was translated by Ralph F. McCarthy from the Japanese.


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コメント

いつも読ませていただいています。
ありがとう。

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moriさん

コメントありがとうございます。

ご訪問感謝いたします!
こうしてコメントを頂くと、ブログを書く気力につながります。
また是非遊びにいらしてくださいね!!!


sachiさん

コメントありがとうございます。

恵比寿の教室も自宅教室もなつかしい!!
日本にはいませんが、ブログを通してつながっていて下さるのが嬉しいです。

平常心が備わったら食べ物でも体を整えて、どうぞ笑顔でお過ごしください。
いつも日本を応援しています!!!

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